当研究室では血管に関するテーマを中心に、以下の複数のプロジェクトに取り組んでいます。代表的な研究としては以下の3つのテーマが挙げられます。
全身の血管をつなぎ合わせると10万キロに及ぶとさえ言われ、血管総断面積の90%以上は毛細血管であるとされています。毛細血管は内腔を覆う血管内皮細胞、血管内皮細胞を支持する基底膜、そして血管内皮細胞を取り囲む周皮細胞で構築されています。より血管系が太い静脈血管と動脈血管も内腔は必ず1層の血管内皮細胞に覆われており、血管内皮細胞は様々な血管の機能を司る重要な細胞であることが知られています。
そして血管は各臓器・各組織で機能が異なることも知られています。例えば肺では血管は換気に特化した構造と機能を持ち、腸管と肝臓では栄養分の吸収に特化しています。腎臓では老廃物を濾し取り、内分泌器官ではホルモンの分泌に関与します。さらには脳や網膜でも物資の透過を制限する特殊な構造を取ることで中枢神経系を保護しています。
このように臓器ごとに様々な機能を持つ血管と血管内皮細胞は、構造も機能も大きく異なるにもかかわらず19世紀半ばに血管内皮細胞が「発見」されて以降、今日に至るまで、血管内皮細胞は1種類しか存在しないとされています。
私たちはこれまでの研究から、このような概念は必ずしも正しくなく、様々な機能を持つ血管内皮細胞が存在するのではないかと考え研究に取り組んでいます。特に幹細胞の様な性質を持つ血管内皮細胞(血管内皮幹細胞と命名しました)を世界に先駆けて同定し報告をしました(EMBO J. 2012, Cancer Res. 2016, Cell Stem Cell 2018など)。この血管内皮幹細胞は新たな血管が構築される血管新生の過程で重要であり、これまでの血管新生の概念を覆す可能性があると仮定して研究に取り組んでいます(図1)。さらには様々な機能を持った血管内皮細胞、疾患特異的な血管内皮細胞などが存在するのではないかと考えています(図2)。
血管は物質交換や血圧調節などを担い、全身の機能を正常に保つために重要です。また組織で炎症や損傷が生じると、血管は新たな血管を作ることで、組織を修復し、機能を維持します。このような血管が組織・臓器、さらには全身を正常に保つ仕組みの研究は進んでいます。一方で、血管自身も、さまざまな環境の変化に応答して対して一定の状態を保つ仕組み(恒常性維持機構)が必要ですが、その詳細はあまりよく分かっていません。私たちは血管の内腔を覆う血管内皮細胞が周囲の環境や外的な刺激をどのように感じ取り、順応し、恒常性を維持しているか研究しています。特に血管内皮細胞特異的に遺伝子を組み替えることで、血管の恒常性維持機構の解明に取り組んでいます。
これまでにTAK1という遺伝子の機能解析を通じて、血管が炎症反応に順応し血管を維持するメカニズムを解明しました(Developmental Cell 2019)。特に腸管では40兆個を超える腸内細菌により微小な炎症が腸粘膜で生じているため、この血管維持機構が働かないと血管が崩壊し出血が生じます(図3)。この血管の維持機構にはTAK1だけでなく、さらに複数の遺伝子が関わっていることがわかってきています。このようなメカニズムを制御して血管を壊したり維持したりすることができれば、炎症性疾患や癌をはじめ血管が関与する様々な疾患の治療につながるのではないかと考えています。
肺組織における肺胞構造は、形態および機能が全く異なる“Ⅰ型肺胞上皮細胞(AECⅠ)”と“Ⅱ型肺胞上皮細胞(AECⅡ)” 主に2種類の細胞種で構築されています。肺胞サーファクタントを分泌するAECⅡ細胞は、肺組織の発生や肺組織障害時の修復に重要な役割をはたす組織幹細胞としての役割を持つことが近年明らかになりつつあります。特に、有害な病原体(新型コロナウイルスなど)や化学物質(タバコなど)などの外部環境由来の因子がもたらす肺組織障害に対して、AECⅡ細胞はそれらの防御・修復応答の中心的な役割をはたすと考えられています(図4)。しかし、AECII細胞が如何にして肺胞構造の維持に寄与しているか詳細なメカニズムは不明なままです。
私達の研究グループはこれまでに、細胞内におけるイノシトールリン脂質(ホスホイノシタイド:PI)による細胞内小胞輸送の制御機構を研究(Nature Med. 2012)する過程で、PIのイノシトール環3位を特異的に脱リン酸化する脂質ホスファターゼ酵素・Myotubularin-related protein-4 (MTMR4)が細胞内クリアランスを担うオルガネラ(エンドソーム-リソソーム系、オートファジー系)の新しい調節分子であり、その欠損が細胞内の不要物質、老廃物の分解除去を傷害することを明らかにしてきました(Genes Cells 2018)。現在、肺組織幹細胞としてのAECII細胞に焦点を絞り、「MTMR4酵素による幹細胞機能の細胞内分子機構」および、「肺胞幹細胞により正常肺構造の構築機序」の研究に取り組んでいます(図5)。これらの研究成果により、今深刻な社会問題となっている新興・再興ウイルスによる肺感染症や重篤な肺線維症等の炎症性肺疾患(全世界の死亡原因第3位)の病態解明と新しい治療薬開発戦略において有用な情報をもたらすと期待しています。
図4. Ⅱ型肺胞上皮細胞(AECII)は肺組織幹細胞として、AECII自己複製およびAECI細胞分化、間質細胞(線維芽細胞、血管内皮細胞など)恒常性維持を介して正常な肺胞形成を構築している。
図5. 仮説)MTMR4による細胞内クリアランス制御が、AECIIの①組織幹細胞能(自己増殖・分化)、②正常肺胞・間質構造に関与する。
東京医科歯科大学、名古屋大学、九州大学生体医学防御研、順天堂大学、奈良県立医科大学、Indiana University、北海道大学、大阪大学、筑波大学、理化学研究所(横浜)、杏林大学など。
※ 血管解析、血管内皮細胞解析、血管シングルセル解析など、お気軽にご連絡ください(hinaito☆med.kanazawa-u.ac.jp、「☆」を「@」に置き換えてください)。